(1964年、東京と京都でこのミロのビーナスが公開されたことがありました。 美術館の周囲は長蛇の列が出来ました。 よくぞルーブル美術館の目玉を日本へ貸し出したと思います。 さて、ミロのビーナスには、なぜ腕がないの?、と言う素朴な疑問が生まれます。 元は付いていたのですね。 この写真でこちらを向いている左肩の腕の付け根に長方形のホゾ穴が見えます。 これは腕の石を接合していた金具のつり付け穴と見られますし、右腕には小さな穴が切断面近くに並んで空いていますがこれは金属の腕輪がはめられていたつり付け穴と想像されています。 1820年にこの像は発見されたと言われています。 経緯には諸説あるようですが、ミロ島のイヨルゴス(農夫)が古代遺跡の劇場近くの農地を耕していたところ穴倉を発見しそのなかに二つになった胴体部分と石柱、腕、手首、などに分かれたビーナス像があったそうです。 胴体部分にも鉄棒があったそうですからもともとこの像は一個の石の塊から彫りぬかれたものではなく各パーツに分かれた人体の部分を接合するやりかたで作られた石像なのかもしれません。 接合部分が気にならなかったのか?という疑問もでてきますが元の状態は表面を彩色していたかもしれません。 そうすると接合部分は隠れますのでネ。 これは美術品ではなく信仰の対象として制作されたものですので彩色し、より立派に見えるような工夫があったことでしょう。 長い年月が流れて人々の心の中からギリシャの神々は忘れ去られ、キリスト教文化の時代になり、やがて近代の考古学や古美術への視点が再びビーナス像を人々の目の前に立たせました。 想像でしか復元できない決め手のない腕の位置よりはトルソーのままの方が美しいと思われたのでしょうか、今では古代美術を鑑賞する人のそれぞれの想像に腕の形はまかされています。)