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ベネツィア・ビエンナーレ

おお!これはこれは西川さんちのチグサさんではないですか、しばらくお見かけしない内に益々お美しくなられましたな、所で、大きな荷物を持って海外旅行ですか?

まあ、いやだわ、御隠居さんたら相変わらずお口がお上手ですね。  これからヨーロッパへ展覧会を見にいくんです。  今年は、ベニスでビエンナーレをやっていますのよ。

そうですか、若い人は気軽に動けて羨ましいですな。  私も美術には興味がありましてな、とは言ってもなかなか先端の美術の動向まではさすがについては行けませんがね。    それでも、昔、会社の出張のついでにベネツィア・ビエンナーレを見たことがありましてな。  さすがにヨーロッパの国はやることが違うと思ったもんです。 

 

作品

1968年パリの5月革命当時、左はデモ側が投石用の石畳をめくっている所、中央はバリケードに使われて燃えた車、右はデモ側に占拠されたソルボンヌ大学

 

わあ、やっぱり御隠居さん、さすがカッコイイですね。  それで何時の頃の展覧会ですか?   カタログ

そうだね、あれは学生運動なんかが盛んな頃だったからよく覚えているんですが、1968年だったと思いますよ。

1968年と言うと、私なんかまだ生まれてない頃ですけど世界中の若者が燃えてた時代なんでしょ。  確か、今回のビエンナーレの全体をキューレーションされた、ハラルド・ゼーマンと言う方もその時代に学生運動をされてた一人だと言うことですわ。   受け売りなんだけど、ゼーマンさんは1969年に「態度が形になる時」と言う美術展を企画されて以来ずうっと一貫したテーマ「美術は社会変革の重要な精神活動の一つ」と言う思想をもちつづけて様々な企画展をやってこられてそうですよ。  だから今回のビエンナーレも社会と向き合って、その断面を浮き彫りにしてくれる作家の作品が集められているそうですね。

 

 

写真1999年、ヴェネツィア・ビエンナーレの全体展の企画者のハラルド・ゼーマンは102人のアーティストを選考した。  その内、中国人のアーティストが20名を占めます。  天安門事件の後、国外へ逃れたり、国内で地下に潜って活躍する作家たちです。  激変している中国の現状が先鋭的なアーティストを生むと言えるのでしょう。

そうした時、日本だって社会の歪みは軽くないと言いたいところですが・・・・・。

 

ほお、そう、そんな話を聞くとなんだかワクワクしますね。  私なんぞは、こんな言葉は今では死語だろうけどノンポリの社会人だったから、学生運動をさめた目で見てましたが、今から思うと60年代に起こった新しいことが今では当たり前になってしまっているものも多いですよ。      

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1968年のベネツィア・ビエンナーレ展示作品のなかから、

此の次の展覧会では作家のボイコット運動があったりする。

作品

Red Grooms (U.S.A)

写真

Phillip King(Gran Bretagna)

作品

Escobar Marisol(Venezuela)

作品

Nicolas Schoffer (France)

写真

Jiro Takamatsu (Giappone)

作品

Kumi Sugai (Giappone)

作品

Gustav Seitz (Germania)

作品

Miroslav Sutej (Jugoslavia)

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社会と対峙する、と言う事はあの頃よく耳にした事ですよ。  美術だけでなく文学の世界でも、「飢えた子供の前で文学は何をなすべきか?」なんて言うテーマで議論がされたりもしましたね。  アンガージュマン、参加の哲学を標榜していたジャン・ポール・サルトルなんかデモ行進の先頭たって、行動する思想家と言うイメージができましたね。  サルトルとボーボワールが日本に講演旅行に来た時、こうみえても聞きにいったものですよ。  日本でも行動的な知識人(この言葉も此の頃一般的になったのではないかな)が政治運動に参加してきて、石原東京都知事なんかの誕生は此の時代の流れの上にある様に思いますよ。  それから、ボーボアールの「第二の性」でうったえた、女性らしさと言うのは後天的に社会の都合で作り上げられたものと言う考えは沢山の人に共感されたのではなかったかな。  「制度」と言うものを問いなおそおってのがあの頃の若い人たちの思いだったのだろうね。  社会の仕組み、精神の仕組み、美術の仕組み、などなどを問いなおそうとしたんだね。 

なるほど、私が前もって仕入れた情報では、今回のビエンナーレでは「ダペルトウット・開かれたもの」と言うキーワードで作品をまとめてるそうなんですけど、きっと68年に通じる意志をもった作品が集められているんでしょうね。   カタリナ・フリッチェの作品は人の何倍もある作り物のねずみが数匹、円形に外を向いてならんでるんですけどその尾っぽが中央で結ばれていて、それぞれのネズミは自分勝手な動きがとれない状態になっているそうで、これは社会の中で縛られていて身動きがとれないわれわれを象徴しているとか。 

作品 ベオグラードから参加している最年少のベスナ・ベシチはNATOの空爆のなかからの参加で、作品は彼女の顔のアップを写したビディオ作品で、顔には涙が流れつづけているんですて。 「我を洗い給え さらば我 雪よりも白からん」と言う聖書からの引用がタイトルですって。

ベシチさんはベネツィアに来る旅費を友だちなんからのカンパにたよってやって来たそうです。

 なにか、日本に居てはそんな戦場の緊迫した感じはよそ事のようなんでしょうけどベネツィアのすぐ横からNATO軍は空爆に飛びっ立て行くそうよ。  ひと事でない涙なんですね。

 

 

 

作品

ポーランド館で展示するアーティストはカタリーナ・コズィーラ。  彼女は「男風呂」と言うタイトルのビディオ作品を出品しています。  カメラを男風呂の見えない所に隠して撮った隠し撮りの画面です。  左の画面では後ろに横たわっている人影が男性に扮装した彼女です。  このように人の視線を意識しない場所では人は気ままに振る舞えると言うことを感じて欲しいそうです。  

 

作品

蔡國強の作品は「威尼斯(ベニス)収租院」と言う塑像の再現作品なんですが、会場一面に像は何体も置かれています。 これらの塑像は社会主義リアリズムと呼ばれる様式のもので、彫刻家の龍緒理さんが60年代に盛んに制作したものを再現制作しています。 蔡さんは子供のころ,35年前にこうした塑像を見ていたのです。  龍さんは当時は社会主義の理想を民衆に伝えるために一生懸命に沢山の塑像を制作しましたが今は体制が改革解放路線で、こうした塑像はまったく作られなくなりました。  しかし、再びベニスで再現されました。

作品

塑像の一群は、重税を取り立てるあくどい役人などの姿や、貧困に苦しむ親子の姿など、社会主義が起こる前の悲惨な社会を表現しています。  社会主義が平等な素晴らしい社会体制だとこれを見た人に分からせる意味があったそうで、龍さんはそうした理想を信じて懸命に制作していたそうです。  蔡さんは、当時の考えを知るために毛沢東の本も読んで、この大規模なインスタレーションの共同制作に備えたそうですよ。  これらの像は展覧会終了と共にまた土に戻すとか、社会の変化を見る人に感じてもらうのにはこうした方法が適していると思っているようなんです。
あら、いやだ、次の停留所でおりなきゃ。

つい話しこんじまったね。  それでは気お付けて行っておいで。  パスポートは絶対に身から離さない様にしなさいよ。

参考:N.H.Kテレビ放送「美術は時代と対峙する」、 1968年ベネツィア・ビエンナーレ・カタログ、美術手帳1995年9月号、パリ・マッチ1968年5月18日号、「デラシネの旗」五木寛之著、(写真は作者の撮影

ベネツィア・ビエンナーレ1999年 HP URL:http://www.biennaleprogram.org/BV99.4599.htm


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