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会場の作品を次々に見ていくとその全体の印象は倒産した工場とか学校の物理学の研究室とか言う様な感じでおよそ美術の展覧会の会場とは思えなかったね。 だけどね、あっちは以前にタキスさんの事を堀内正和さんの本の「座忘録」ってのの中の「物質の生命」と言う章に書いてある事を読んでてスッゴく興味を持ってたんだ。 堀内さんは面白い不思議な幾何学的抽象彫刻の彫刻家なんだけど文章も沢山発表しててユーモア溢れる内容がとっても読みやすいんだ。 タキスさんの事を書いた文章から受け売りをするとね、こんな風なんだ。 19世紀までの、人体を作っていた彫刻家はいかに柔肌に近く見える様に大理石を加工するかに心血を注いだんだって。 大理石ってそんなことにもってこいの素材でもあるんだ、透明感があってさ。 技術が高じてくると髪の毛の一本々まで彫る様なテクニックを駆使してさ。 所が20世紀になると素材が生の状態であることのダイナミズムに彫刻家達は気ずきだして、ヘンリー・ムアなんかも「直彫り」なんて言葉をつかって素材を生かして作った彫刻により強く生命感を感じたりしたんだ。 ところが20世紀も後半になると、素材や材料もしくは物質にもっと別の考え方をするアーティストが出てきたって事で、その一人にタキスさんがいるって事なんだ。 タキスさんは17歳のころナチに抵抗するゲリラ活動をしていて、6か月の間、官憲に追われていたことがあるそうだ。 タキスさんが生まれたアッティケ地方には、入ってしまうと容易に見つからない狭くて深い峡谷がたくさんあって、そんな谷間にタキスさんは身を潜めていたそうだ、その時、自然の物質が、例えば石などが水その他の力の作用で徐々に変化してゆく有様を眼のあたりにして、無生の物質にもそれぞれ固有の生活があることに気ついたそうだ。 このドイツ軍の侵略で大量の爆薬が使われたところも見て、爆薬という物質のもつ恐ろしい力に感動したこともあり、物質の変化に強い関心をもつようになった、と言うことだ。
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タキスさんの彫刻は言わば独学で始めたものなんだけど少年時代から絵なんかにも興味はもっていたから突然に彫刻を作り始めたのではないんだ。 ギリシャ時代にも石膏をつかって頭像や細長い人物像なんかを作っていたんだ。 ちょっとそれらはキクラデスのプリミティーブな石像や古代エジプトの石像に雰囲気は似たとこはあるね。 もっとも上手い作品とは言えないんだけどね。 大理石なんかでも人体の形を彫ったりもした様だけど形を彫ったとたんに石がその生命を失ってしまった様に感じたそうだよ。 1954年にパリにでて彫刻の制作も始めているのだけど、1955年にはパリとロンドンで個展をするんだ。 その時の作品は、「シグナル」と鉄を鍛造して人の形にした彫刻だった。 「シグナル」はその後もずうっとタキスさんの作品のテーマとして作りすずけられて行くものなんだけど、人はそれに象徴的な解釈をつけたりするそうだけど、彼は鉄道の線路に付いている信号を見て鉄が振動していてそれに生命感を感じて面白いと思って作品にしているだけなんだ。 「シグナル」はパリの新都市の新凱旋門の近くの池に沢山置かれているので見た人も居るかと思うね。 その後は、タキスさんの作品からは初めの展覧会の時の様な人の形の作品などは消えて行って、磁石を使った作品なども多くなってくるんだ。
「カフカの時代」この作品は男性の下半身、女性の下半身や胸部から直接に型どった部分の鋳物が並べてあってその間に機械も並んでいる。 鋳物の下半身すれすれに鋼の帯が張られていてそれが振動している、と言うものだ。

「テレスカラプチャー」中心に磁石があり金属パイプが引き付けられている、作品
「カフカの時代」この作品は男性の下半身、女性の下半身や胸部から直接に型どった部分の鋳物が並べてあってその間に機械も並んでいる。 鋳物の下半身すれすれに鋼の帯が張られていてそれが振動している、と言うものだ。

「テレスカラプチャー」中心に磁石があり金属パイプが引き付けられている、作品
「シグナル」は垂直に立つ細長い鋼鉄棒の先に機具の部品のような鉄片などを取りつけた構成で、頂上の重みで鋼鉄棒は絶えず徴かに振動しているんだけど、鉄の弾性から発する鉄の生命の強い緊張感が現れた作品だと、言えばいいのかな。 鉄は電気と磁気に感応するし、それが鉄の特製だし、この力は普通の状態では人間の目に見えない、におわない、味わえない、でも鉄は絶えず電気を感じ磁気を感じているんだよね。 それが鉄という物質の生活であり生命である、と言う訳で、この人間の目に見えない鉄の生活を目に見えるようにすることが鉄を扱う彫刻家の目的と考えって作品を作っている。 そのために針金を使ったり、古鉄の破片を使ったり、光を使ったりするが、それらの形がどう見えるかは問題でない、この目に見えない世界が存在しているということがわかればそれでよいのである、とタキスさんは言っているね。 また、ある時、タキスさんの展覧会を見に来たギャコメティーに”君の彫刻には人間が表現されていないではないか?”と指摘された事があるそうだけど、まるで科学者の態度の様で美術家なら造形〈plastique〉の間題を無視するわけにはいかないはずだ、と批判が向けられる事も多いそうだ。 そんな批判に対して、タキスさんは、”自分は人間なんて興味ないよ、本当のところ造形なんかは問題でないのさ、昔のギリシアではplastiqueという語は体操については使われたが、絵や彫刻には使われなかった、古代エジブト人はイシスやオシリスのような神々を作った、古代ギリシア人たちも神々を作ったのであって、造形的に美しい彫刻を作ったわけではない、それが神ではなく美しい造形をするようになったからギリシア彫刻は生命を失っていったのだ。”と、なかなか言ってくれてるんだ。
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資料:「Takis」展カタログ 1993 ジュ・ド・ポンム美術館
「座忘録」堀内正和著 美術出版社
「BEYOND MODERN SCULPTURE」Jack BURNHAM著
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[カール・プランテル]
その他にも、彫刻の材料である石膏、石灰石、大理石などもこれを物質実験的に取り扱い、例えば石膏が水と結合して凝固してゆく変化の過程、その間の分子の運動の仕方などを細かく調べ、物質の生き方についての関心がますます強くなっていったそうだ。 そうして、la
vie de la matiere
<物質の生命あるいは生活>を表現することこそ物質を取り扱う彫刻家の役目である、と考えるようになったのである、と堀内さんの本には書いてあるんだ。