rogo石の話し

[世界一の磨崖石彫] [木内石亭・石のコレクター] [石の話し]


石屋史の旅

スクラップ・ブックのページを繰っていたら懐かしい顔写真が飛び込んできた。  渡部益国さんの元気いっぱいに、「石はええもんですわ!」と話している顔だ。 1983年の日付けがあって、ちょうど渡部さんがモニュメントやパブリック・アートをプロデュースする会社を設立してしばらくたった頃の新聞記事だ。 この事業はベンチャービジネスとあって渡部さんもかなり意気盛んにインタビューに答えている。  かって渡部さんがコピーライターであった経験から季刊で発行している「石彫PRODUCE」という冊子にも触れてある。 この冊子には、「石屋史の旅」というシリーズがあり、渡部さんが日本中の石屋さんを訪ねて石屋史を聞き書きしていくコーナーだ。  時期は時代の転換を終えようとしていて、昔の事をよく知っている人がかなり少なくなっているなかでの聞き書きなので随分と貴重な文章となっていて、後に一冊の書物にまとめられている。  その本をあらためて引き出してきた。  渡部さんの回った石屋さんは、能勢(大阪府)、尼崎(渡部さんのお父さんの事)、北木島(岡山県)、穴太(滋賀県)、小豆島(香川県)、赤坂(岐阜県)、大谷(栃木県)、庵治(香川県)、岡崎(愛知県)、来待・福光(島根県)、御影(兵庫県)、万成(岡山県)、稲田・真壁(茨城県)、野蒜・石巻(宮城県)、倉橋島(広島県)、黒髪島(山口県)、宝殿(兵庫県)、と数多い。  これらの石材業の昔の事業の様子やそこで働く職人さんの様子が書きあらわされていて一々興味をそそられるが、中でも石工が仕事の中で歌っていた石きり歌が幾つか納められている。

>わしの兄貴は、破石で死んだ  破石ドンとなりゃ 思い出す

  ヨイヨイ ヨイヨイ

 ここの米つきゃ みなめん鶏か  歌を知らぬか 歌わぬか

  ヨイヨイ ヨイヨイ

 こびき米のめし 1升5合くろて  斧(よき)ではつるよな 糞たれた

  ヨイヨイ ヨイヨイ

この歌は能勢で歌われていたもので、当時は石を木馬に乗せ枕木の上を牛に引かせて運搬していた様でだ。

 

>北木日本一 大石出どこ  聞いておくれよ石屋節

 山は宝石 沖や鯛の群れ  黄金吹きよす 北木島

 

>山が高うて あの娘がみえぬ  あの娘 可愛いや 山憎くや

 ここで唄とたら 聞こえよか 見えよか 可愛いあの娘の 膝もとへ

 

>伊予の石屋はほっぽりだせ け出せ おれっぱ北木の豆ぬすむ

 

>ヤーレ嫁に行くなら ヨーオイヤ ドッコイショ

 石屋さんの嫁によー イヨーイホイヨ ドッコイショ

 右も左も 金ばかりよーダ コラヨイヨーイヨーオイ

 ヤーレー嫁にいこうや 行くなよ よーいなー ドッコイショ

 石屋の嫁にやよー ドッコイナー ドッコイナー

 岩がどんとくりゃ 若後家じゃよー コラヨーイ ヨーイ ヨーイ

 

>朝は朝星 又夜は夜星  鳴るは石屋の 鎚の音

 

>山で寝るときゃ 木の根が枕 落ちる木の葉が 夜着になる

これらは、昭和初期の北木島に大きな仕事が入り島中に活気があふれていた頃に歌われていた歌で、石工さん達の働きに唄はかかせず、唄が歌える石工さんは給金が良かったそうだ。

    ishikiriuta

 

 

>エーエ 屋島山からヨーエイ 八栗をみればヨーエ

    山と山にとヨー 橋が欲しいワヨー

 エーエ うちの主さんはヨーエイ 豊島の島でヨーエ

    四五や五六の延を切るワヨー

これは、世界一値段が高いといわれる庵治石の石切り場で歌われていた唄だが、石の値段が高くなったのは昭和30年頃からでそれまではそれほどでもなかったらしい。 唄は、午後になって疲れがでてくるころになると誰ということなく歌い出されたそうで、それが山のあちこちから出て掛け合いの様に響きあったそうだ。

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また年に一度、「フイゴ祭り」が11月に行われ、これは親方が石工さんの日頃の労をねぎらう日で御馳走をふるまったり小遣いを与えたらしい。 この祭りは「火」を使う鍛冶屋さんなども共通のお祭りで、農業関係では「お火焚き」祭りと言い釜に湯をたぎらせて周囲にまき散らす行事なども残っている。

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その他に、石工さん達の楽しみとしてバクチがあるが悪い親方だと石工さんが「渡り」をせず、居着く様にインチキバクチの丁場を開き給金を巻き上げて借金づけにされる石工さんがいたそうだ。

石工さんの「渡り」の制度は昭和の初期の頃でも残っていたそうで、仕事のある親方を頼って移動して行く仕組みで石工さんの腕を磨く役目もしていた。 これはヨーロッパでも同じ様にある。 また、「旅の石工、丹波佐吉の生涯」金森敦子著・法政大学出版局、には幕末の頃の石工の様子が描かれていて面白いのだがまさに「渡り」の様子が良く分かる。

古い時代においては石工さんの渡りから定着し、やがて親方になって一家をかまえるという出世コースがあった様です。 洋の東西を問わず出世は心をそそる事として、「ある出稼ぎ石工の回想」マルタン・ナド著・岩波文庫、には19世紀フランスで、ガリア人の末裔を自負する渡りの石工が代議士に打って出る出世話しが書かれている。

資料:「石屋史の旅」渡部益国著・渡部石彫事務所 

   中国新聞記事「機械化で消える石きり唄」http://www.chugoku-np.co.jp/setouti/seto/5/970515.htm   


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