<%@LANGUAGE="JAVASCRIPT" CODEPAGE="65001"%> 方位と太陽(尾道巨石群)

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尾道大学の児玉教授の話では尾道は風水都市、つまり陰陽理論にそって作られていると言う。
上の地図を参考にしてもらうと分かりやすいのだが、尾道市街を囲む様に三つの山が北側にある。左から千光寺山、西国寺山、浄土寺山だ。それらは、白虎、玄武、青龍、と考えて尾道水道を挟み岩屋山は朱雀、三山の中心部の福善寺は穴と言うことである。

その根拠となる”不思議”が存在するのだが、舞台作りの千光寺本堂内から、また西国寺仁王門を通して、そして浄土寺山門から向島の岩屋山が正面に見える。これはあきらかに三山の位置が方位を意識して建造されていると言える。
尾道は嘗て北前船の寄港地であり、物流の盛んな拠点であり冨が集まり都市は栄えて立派な社寺仏閣も建立されている。 

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巨石群に抱かれたように尾道水道海上から見える千光寺の伽藍だが、右に玉の巨岩中央に本堂、その後ろにかすかに鏡岩が見える。

 

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千光寺本堂より向島の岩屋山の眺め。冬至の朝日は正面の山頂から昇り本堂内の奥まで光は達する。この現象はあきらかに意図されている。


岩屋山山頂付近には巨岩があらわになっている。 そこへ到る坂道には石の鳥居や石仏が配されている。

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下の写真は左の割れた巨岩の北側(左)からのビュー。

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岩屋山の名前はこの岩屋からきているに違いない。入り口付近には壁や扉が取り付けてあったような後が岩に残っている。以前にはなかに籠って修行をしている人達がいたのかもしれない。
岩の側壁には梵字が浮き彫りされている。

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山の上にジョーズがいると錯覚するほどに迫力のある巨石だ。波の寝食で出来た窪みに見えるのだが、波打ち際から山頂に運び上げたのだろうか?
村上水軍のテリトリーであったこの地方は海上を行く船の標識として窪みに灯明を入れていたとも言われている。

ジョーズ岩のように沢山の穴があいた石は中国の太湖石を連想させる。太湖石にあいた穴は中国人は洞窟と見立てて、瓢箪や壷の中に小宇宙を感じるように、多くの別世界が一つの太湖石のなかにいくつも内包されていると考えられていた。
太湖石の陰陽が一体化したさまはカオスであり、太極ととらえられ、太極から天地が生じ、天地から四季が生じる、と言う。

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岩屋山のある向島へは幾つもあるフェリーの一つで渡りました。車で二百円と言う安さにビックリしましたが5分もかかるかかからない内に到着します。毎日利用している人達にとってはこれでも高いと言う事になるかもしれません。尾道水道から見ていると人家が見えないのですが渡って川沿いに奥へ進むと本土の市街地となんら変わらない民家の町並みが続いているのに驚かされます。岩屋へは山裾を回り込んで南側、尾道水道からすると裏側に登り口があります。ちょうど、 ”おのみち摩訶不思議古代ロマン”と銘打ってキャンペーンが展開されています。”岩屋山ミステリーツアーMAP”が制作されたり、尾道ミステリーのシンポジウムが開催されたりしています。その一環でしょうか登り口には幟が立ち並び、巨石の周辺はの雑木は切り開かれて歩きやすく見やすくなっています。上の割れ目から太陽が見える写真は、2010年2月6日の午後4時20分頃の日照です。隙間からの景色は向島の市街です。冬至にはこの割れ目から沈む夕日が望めるとあります。割れ目の右壁にはシッカリとした造形の不動さんが線刻されています。

不動明王は大日如来の化身とも、又は大日如来の決意の顕われとも言われている。大日はこの世をくまなく照らす根本神として信仰されている。

岩屋巨石に昇る途中の坂道には数本の鳥居と数体の石仏があった。そのことからこの一帯は神仏習合の信仰の地と考えられる。
再び対岸の千光寺の境内にもどると、本堂裏側に夫婦岩(陰陽石)があり右側面にカラス天狗の線刻がある。その並びに鏡岩があって、この鏡面に玉の岩から出る光を反射させて西国寺山頂上にあるタンク岩に照射させたと言う言い伝えが残っている。

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現代彫刻(尾道市在)に見る太陽の方位

2010年3月にテープカットされた東尾道中央緑地彫刻公園に設置されている、濱坂渉・作「日向石II」は、太陽の日の出や日没の方位、南中時の高度をグラフ化して得られた曲面を石に彫刻した作品だ。

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濱坂渉・作「日向石II」

 

JR尾道駅からすぐの尾道港から瀬戸田港行きの連絡船が出ている。それに乗ると約35分で生口島瀬戸田に着く。商店街を通り抜けると耕三寺と平山郁夫美術館に出る。勿論島なみ海道を通って自動車で行けるのだがこの地域の島々が重なる様に点在する風景は船旅が一番。2006年に市町村併合で瀬戸田は広島県から尾道市になった。

1996年、瀬戸田しまごと美術館ビエンナーレで集められた野外彫刻作品が17点海岸沿いに設置されている。それぞれの作品写真は尾道市の島ごと美術館のホームページを参考にしてほしいのだが、そのなかの一点、サンセットビーチの山口牧生・作「ねそベり石」がある。
2010年の3月26日夕方5時15分ころに撮った写真が下なのだが、春分から5日後なのでほぼ春分の夕日と考えてもよい。
作者は一対の長方形の石を春分・秋分の日没方向に、隙間を通して夕日が見えるように意図して設置している。

また、対の右の石の先きに瓢箪島(俗称ひょっこりひょうたん島)が見える。この島の上を県境が通っているのだが昔神さんがこの島を引っ張りあってちぎれそうになった姿と言われている。また、生口島は神の島とも言われたり、高句麗の廣開土王(太王四神記)との関連説もある。

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「ねそべり石」山口牧生・作(能勢黒石)春分・秋分の夕日が一対の石の向こうに沈む


参考資料:「隠された神話/歴史都市・尾道市の謎/稲田全示著/発行、尾道市

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