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蔡國強 (Cai Guo Qiang. 1957年、中国福建省泉州市に生まれる)

あっちは、サイさんのことほんと言ってあんまりよく知らなかったたんだけどスゴ〜ク有名なんだってね。 火薬を使って、万里の長城を1万メートル長くしたイベントをやった人ぐらいは知ってたけどね。 日本に留学していたり、今はニューヨークに本拠地を置いて創造活動を繰り広げているんだって。 直に作品も見てないのだけど、まあいい加減といやいい加減なんだけど作品の出来栄を見るんだったら細かいとこは写真じゃわかんないと思うけど作品のコンセプトなんかだったら想像出来るよね。 てんで、記録を見てるとね、だんだんと分ってくるんだけどサイさんは火薬についてよく知っていると言うか、それぞれの作品ごとに合った使い方をやっていて自分の予想した様に爆発がコントロールされているようだよ。                                                                                         

乾杯 これを見ていると、ちょうど陶芸家が土と炎を手中に納めて最後は炎に全てを任せて完成を待つと言う態度に通じるところで火薬の爆発を作品に使っていると思うんだ、それとサイさんは人の和をも火薬の爆発と同じ様に作品の完成に寄与させてる事ができる人だって感じがするよ。 それにしても爆発はその場に立ち会わないと実感できないね。 あっちは岩石の発破作業を見たことあるから想像出来るけどさ。   

サイさんが火薬を作品に使うのは宇宙のビッグバンに火薬の爆発を例えているのだそうだ。 それと、火薬は中国で発明されて世界に広まったものでもあると言うこともあるんだって。 それよりも爆発の光って凄く綺麗だし、光は宇宙に飛び出していくことも出来るから宇宙から見えるって事もあるしさ。 中国と言うと、「風水」や「孫子」等もよく勉強しててさ、「万里の長城を1万メートル延ばすプロジェクト」なんかでも「龍脈」と言う風水の思想を使って地形を火薬の帯びで浮かびあがらせているんだ。 こうした民族のアイデンティティをアピールする事も大切と思っている様なんだ。 変なナショナリズムと誤解しちゃいけないんだけど、その土地にこだわってるんだね。 その土地には長い歴史を通じて人が住んでいていろんな意味でその土地に対する理解が深まっているからどこが善くってどかが悪いか、ずうーと町の中心だった所はそれなりに意味がある訳なんだ。 風水というのはそうした知恵の集大成だから考え方の基準になるんだね。 確かに世界を相手に作品を発表しょうとするとその普遍性って大切だよね。 だから何処の人にでも分ってもらえるし、その上で個別性が必要なんだ。

吉兆

上の絵はね「長安からのお祝い」って題名の作品なんだが、[京を創る’94]で発表したもんだ。 こんときは京都市役所の前広場に土と石で、DNAや吉兆の符合の溝を作ってその溝に西安から運んできた1200Kgの酒を流し火薬の帯に点火したのさ。 酒の燃える青い炎を伴ってゆっくりと流れる酒の香りを味わいながら1200年の歴史の流れを思うと言う意味なんだって。 サイさんはこの計画は、五山の送り火、曲水の宴、枯れ山水、伏見の清酒などの京都の歴史と響き合うものだと言っているだよ。 どうなんだろう、火薬を使ったドローイングやイベント、自分が見つけてきた土地との関係のある物を使ってのインスタレーション、と言う表現形式は大層同時代的なんだけどその形の根っこには伝統的なものが入っていたり現代科学の新しい認識が入っていたりして面白いじゃないかね。 中国の若い彫刻家にあっちは以前に会ったことがあって、その人が言っていたけど天安門事件の前と後とでは若い芸術家の表現に対する気持ちが変わったんだって。 その彫刻家はあの時北京の美術学校であの解放の女神像を制作した一人だったそうだ。 こっちだけの話だけど、美術の学生も作ったわりにはヘタクソな女神像だったけどね。 サイさんなんかはどうなっだろう、非常に制約されていた表現への意欲が火薬の爆発となったんじゃないかって思ったりもするんだけど、会って聞いてみたい感じがするね。

1994年にいわき市美術館で開催された「環大平洋より」のサイさんのワンマンショーでは、美術館の空間にサイさんの大きなスケールをどんな形で持ち込めるかが大きな見どころだったようだ。

菊

サイさんは、いわき市の人々とその土地で共に時間を過ごした過程を美術館に持ち込もうおとしたんだ。 海岸に打ち捨てられた木造船を砂から掘り出し、美術館で復元させたり、数隻の木造船やドライアイス薫製などをインスタレーションして海の風景を美術館に再現した。 中国から運んだ水晶の原石を階段の一段々敷き詰めた。 そして上の絵の様に畑を耕して「菊」の苗を植え、その花を「菊茶」にして、自分が土を捏ねて作った陶器の容器で美術館を訪れた人に味わってもらいもしたんだよ。 美術展で鑑賞者の五感に訴える事が出来た様なんだ。

 

より道:中村桂子VS蔡國強「ゲノムの見る夢」より

中村 

どこの人も皆同じ。 どの分野も皆同じだったんですね。 世界中、あらゆるところでそれが出ていた。 それがだんだん分かれて、現在の文化学間や芸術になってきた、だから東洋とか西洋ではなく人間が持っていた原点を見ればよいのですよね。 しかも生命誌で言えば、それは人間以前の生命の流れともつながっているわけです。 

蔡 

そうそう。 だから今でもその横線は持っているんじゃないか。 都市計画に取り入れようとしている風水思想の中で大事にされたものは、街の真ん中を本来の中心にしておけば、街の繁栄につながるという考えです。 そこのところはいいツボですから、そこのツボにいい鍼をさす。 現代としては、例えばDNA研究で得られた知識を使いたいから、ただ古代のツボだけじゃない。 せっかく生命体をここまで研究してきたのだから、その時間の流れも一緒に考えますよね。 DNAを表現する。 その場合DNAは歴史をつなげてきて、未来へもっながっていくでしょう。 その時DNAについて芸術家が白分だけで考えていてもしかたがない。 科学者がしっかり研究しているからそれを教えてもらえばよい。 それで科学者の中村先生に頼んで、一緒に仕事をしたのです。 京都の作品ではお酒を流したんですが、どうやるとうまく流れていくかということになり、それで建築会社の人とも一緒にやる。 こうやってつながるんですね。 ただし、そのつながりに対する普遍的な態度がありながら、それをどこへ持っていっても同し方法でできるわけではないですね。 例えばこのプロジェクトはこれでよかったけれど、ヨハネスブルグに持っていって・・・・。

中村 

そこでお酒を流しても意昧がないわけですね。 これは京都だから、京都と長安の関係があり、しかも中国と日本の風土があってのことですから。 この作品は、私もDNAの構造を正しく描くために参加して、とてもよい体験をしました。 みんなでつくり上げる楽しさを思いっきり昧わいました。 小雨の降る中で学生さんも、建築会社の社長さんも一諸になって。 皆が蔡さんのコンセブトを理解しているのがよくわかって、気持ちのよい脇力でした。 ヨハネスブルグではどうですか。

 

難しいですね、違うから。 向うにとってはまだ。 緊張感が違うし、人間関係は荒いですね。 でも、もちろん方法諭は同しです。 

 

資料:「蔡國強--環大平洋より--」いわき市美術館展覧会カタログ.     「美術手帳-1991/4月号」美術手帳
   「ゲノムの見る夢」中村桂子対談集 青土社 (南アでのプロジェクト「制限のある暴力--虹」のコンセプが詳しく
    語られていて面白い)

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